戦国ロマン漂う山城
芦田川南岸に接した標高約190㍍の東西に長い丘陵(通称城山)上に築かれた山城です。 現在の相方城は、戦国時代末期から安土桃山時代にかけての短期間に使用された山城で、県内の山城の中で立地・遺構ともに特色を持つもので近世城郭への過渡期の様相を示すものとして重要な位置をしめる遺跡です。


相方城石垣

相方城は二時期以上の大規模な築城が行われている。15世紀末から16世紀前半に在地の領主有地氏によって築かれた中世山城の上に、天正19年(1591)から慶長5年(1600)の間に毛利氏の直轄城となった際、主郭部を 総石垣に改められている。廃城となったのちは、福山市新市町戸手の素盞鳴神社に移築保存されている。




標高191メートルを頂部とする東側曲輪群と、幅約30メートル、深さ約10メートルの空堀を挟んで標高188メートルを頂部とする西側曲輪群があります。尾根の頂部を東西方向に利用した連郭式の山城で、 東側と西側はそれぞれ独立した城郭とも考えられています。


相方城の見事な石垣

東の郭への入り口部分です。
今にも戦国武者が出てきそうです。