神有月の国の神社
吉備津神社は備後国一の宮と称された古社で、大同元年(806)、備中一の宮より勧請したと伝えられています。
寛喜元年(1229)・元弘二年(1332)と炎上し、その後永和二年(1376)の復興にあたって従来の三殿並列の形式を改めて一殿に合祀し、さらに明徳三年(1392)に桁行十二間・梁間七間の社殿を造営しました。
この社殿も近世に至って荒廃し、慶安元年(1648)福山藩主 水野勝成が旧規模にならって社殿を造営しました。




段原の大銀杏
神木となっている天然記念物の大銀杏周囲は6メートルもあります。




吉備津神社(一宮さん)
吉備津神社は、備後国の一宮です。創建は806年(大同元年)【平安時代】と伝えられるが、神社名が最初に確認できる資料は、1148年(久安4年)【平安時代】の京都八坂神社の記録「社家桑々記録」である。境内を発掘しても12世紀以降の遺物しか確認されていない。
境内および周辺の山林は、史跡一宮(桜山慈俊挙兵伝説地)として1934年(昭和9年)に指定された。また、境内には1648年(慶安元年)【江戸時代】に再建された本殿(国指定重要文化財)や神楽殿(県指定重要文化財)などの建築物が18棟現存する。



本殿
江戸時代初期の慶安元年(1648)福山藩主水野勝成によって建てられたと伝えられています。
比較的大きいことと備後・安芸地方によくある「余間造り」の平面を持つことを地方的特色としています。
正面に千鳥破風・軒唐破風を持った堂々とした江戸時代初期の建築でありながら、室町の風格と桃山彫刻を具備した優秀な蟇股(かえるまた)を備えている。勾欄(こうらん)の擬宝珠(ぎぼし)の刻銘及び文書により慶安元年建立が分かるなど、時代考証の尺度としても価値があります。



市立大祭

11月に行われる大祭です。
広大な境内や周辺に出店が立ち並び華やかなお祭となっています。 全国の神々がこの祭に集まるといわれており、
そのため、この地方では神無月のことを神有月と呼びます。